処女には価値があるが童貞には無い

女性の場合の処女には価値があるが、残念ながら童貞男子の童貞は無価値である、一部の過激的な処女愛好家(しかし童貞である場合がしばしば多い)達はいるけれど果たして女性たちの童貞愛好家が何人居るだろうか?
しかも哀しい事に童貞は処女に好意を抱き、お互いに始めての相手(つまり童貞と処女のカップリングというワケだ)だったら運命を感じちゃうな、などと一方的にトリップしている場合がよく見られるが、残念な事だが処女は童貞にたいしてなんの魅力も感じていない事のほうが圧倒的に多い。

それは何故か?
つまる所コレは結局、市場的価値から見た童貞と処女の決定的な価値観の違いであり、男性にとての初体験と女性にとっての初体験が同様な重みを持っていない事がそもそもの始まりなのだ。
例えば処女の話をしよう、彼女たちは初体験の場合に限り『処女膜』というセックスを行ったという明確な証を自分自身の眼で確認する事ができる(処女膜が敗れたとしても血のでない人もいれば、しばらくすると再生する人も居るので必ず全てに共通するワケではない)コレは童貞を含めた男性にとって非常に大きなメリットだだろう。

例えるなら一点モノ

ブランド品と消耗品の違い

しかし童貞男子の処女信仰の反面で処女から童貞に対しての評価は決して良いとは言えない部分が多い、例えば童貞の場合は性的な経験が皆無であるからそういった点を踏まえて女性を満足させるまでの技量を有していない可能性が高く、そうなると自然と処女は経験不足のダメダメな童貞よりも経験豊富でこなれたイケメン非・童貞男子に魅力を感じるのはごく自然な反応と言えるだろう。
結局、処女の女性をそれぞれ一点物のブランド品に例えるとすれば童貞男子はせいぜいユニクロの大量製品程度の扱いがふさわしいだろう。

しかし、だからと言って処女の女性全てに童貞は魅力を感じる訳ではない、ストレートな言い方をするならば可愛い非処女とブサイクな処女、付き合えるならDOTTI!といった例えで解っていただけた事だろう。つまち『処女』ならば誰でもいいというワケでもなく、またその反対として経験豊富な非童貞男子だからといって全ての女子が童貞よりも経験者の方に好意をよせるというワケではないのだ。
結局、童貞だろうと処女だろうとお互いに最も大事なものとは愛情と愛称であり経験の有無などは最終的に結果だけから判断するとせいぜいラーメン屋の煮玉子のトッピング程度の『あったらいいな』と同レベルなのだ。

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